2017年12月18日月曜日

エチオピアのミステリー4 『エノク書』はなぜ隠されるのか


<エチオピアのミステリー>
1. 序章
2. 人類発祥の地は本当か
3. 1974年以後のエチオピア
4. 『エノク書』はなぜ隠されるのか





4. 『エノク書』はなぜ隠されるのか


『エノク書』はエチオピア正教の聖典の一部である。

「聖典の一部」という表現が分からない人にも分かるように説明していこうと思います。

聖書というのは、一冊の本ではない。複数の書物で構成されている。

『創世記』『出エジプト記』『レビ記』『民数記』『申命記』・・・この5つの書は「モーセ五書」と呼ばれ、モーセによって書かれた。

このモーセ五書に始まり、複数の歴史書、知恵の書、預言の書などで構成されている。

これらをまとめて聖書と呼ぶ。

聖書はもともと、ユダヤ教の聖典である。

やがて世界の終わりがやってきて、その時に救世主が現れる。そして聖書はその役割を終えることになる。神と人間の間に交わされた契約が果たされるということである。

そしてイエス・キリストが登場する。
もちろん舞台は聖地エルサレム。

イエス・キリストを救世主だと見なし、キリスト教が生まれる。

古い聖書を受け継ぎながらも、新しい契約として「新約聖書」が書かれる。

ユダヤ教はイエス・キリストを救世主と見なしていないので、「新約聖書」は読まない。救世主は、これから先の未来に登場すると考えている。

キリスト教は、ユダヤ教時代の「旧約聖書」とキリスト教に生まれ変わってからの「新約聖書」の両方を聖典としている。

「新約聖書」にもいくつもの「書」がある。宗派によって、受け入れている「書」と受け入れていない「書」に違いがあったり、内容についての解釈が異なったりする。

ざっくりと解説すると、こんなところであろう。


いろいろと違いも見られるユダヤ教、キリスト教と、それぞれの宗派であるが、一番最初に書かれた「モーセ五書」を重視している点は、共通するところだろう。

神とはどのような存在であるのか、自分たちのルーツはどこにあるのか。
「モーセ五書」は、信仰の土台のようなものである。


さて、『エノク書』について話そう。

『エノク書』はユダヤ教においても、キリスト教のカトリック・プロテスタントにおいても、偽典とされている「書」である。偽物の書ということである。

そのため、聖書を入手しても、そこに『エノク書』のことは書かれていない。

なぜ偽書なのか。いろいろ言われてはいるが、今更になって「偽書ではない」と言えない事情がある。我々はキリスト教と言うと、カトリックやプロテスタントを思い浮かべる。あたかもカトリックやプロテスタントが、「正統」であるかのように捉えている。世界の宗教人口を見ても、キリスト教徒が一番多く、その大部分はカトリック・プロテスタントである。

ヨーロッパで発展したカトリックやプロテスタントは、世界史の主役でもあり、良くも悪くも、現在の世界における支配構造と密接に関係している。

そんな影響力の大きなキリスト教が、今更になって、「やっぱり『エノク書』は偽書ではない」とはとても言えない。

『エノク書』を欠いたままの聖書が、戦争や紛争、植民地支配、宗教裁判の根拠として使われ、ときには、殺人、暴力、差別を正当化してきた側面がある。今のキリスト教は、血生臭い歴史の上に存在しているのである。歴史の重みが、そのままのしかかるため、どう考えても、『エノク書』は正しかったと言えないだろう。世の中には、キリスト教の理想のために犠牲を強いられている人もいれば、平安を保っている人もいるのである。

『エノク書』は、聖書に含まれる複数の書物のうちの単なる一冊ではない。

エノクはアダムから数えて7番目の子孫であり、モーセよりもずっと昔の人物である。

つまり、モーセ五書の前に、『エノク書』は存在する。

『エノク書』には、初期世界の話、大洪水の原因、エノクの見た天界と地獄、そして、世界の終末について書かれている。

要するに、『エノク書』を聖典とするか、しないかという話は、聖書の全体像に影響を及ぼすほどのものなのである。

例えるならば、『エノク書』のない聖書というのは、プロローグとエピローグのない物語。スタートとゴールのないレース。目標規定文と結論のない論文。main関数のないプログラム・・・。

少し大げさかもしれないが、モーセ五書の前に位置づけられるというのは、それほど大きな意味を持つ。聖書全体の見え方が違ってくるのである。

ヨーロッパ人が『エノク書』の存在を知ったのは、1773年にジェームス・ブルースがエチオピアに滞在して持ち帰ったのが最初だと言われている。

しかし、その後も『エノク書』が受け入られることはなかった。

イエス・キリストが誕生して2000年。
ヨーロッパで独自に発展したキリスト教は、聖書の全体像を変えてしまうような『エノク書』を認めずに、歴史を動かし、今日に至る。

『エノク書』は正しいと認めるはずもなく、『エノク書』を裏付ける証拠などは、世の中に出てきてもらっては困る。


実際には『エノク書』は偽書ではないと主張する者がいないわけではない。

新約聖書の聖典に含まれている『ユダの手紙』には、『エノク書』から引用されたと思われる記述がある。偽書である『エノク書』に書かれている言葉が引用されている聖典というのはおかしいではないか、と指摘されている。

また、ユダヤ教のタルムードに書かれているメタトロンという天使はエノクとの親和性が認められる。

そして何より、1947年からイスラエルの死海周辺で発見された死海写本には、『エノク書』が含まれているのである。死海写本は、これまでに発見された聖書の写しの中で最古のものである。紀元前2世紀から1世紀ごろに書かれたものだとされている。

この発見が意味していることは、イエス・キリストの生きていた時代には、『エノク書』が読まれていたのではないか、ということである。

死海写本は解読から発表まで、あまりにも時間がかかっていたために、バチカンにとって不都合な真実があり、圧力がかかったのではないかと言われていた。
実際に圧力がかかったかどうかは分からないが、不都合な真実があったとすれば、『エノク書』の存在はその1つだろう。

それまで『エノク書』が偽書である理由の一つとして、「エチオピアの言語で書かれたものしか残っておらず、エチオピアで独自に書かれたものである」と言われてきたが、死海写本の中にアラム語で書かれた『エノク書』が発見されていたのである。

『エノク書』はエチオピア人が勝手に創作したものではないことが証明されたのである。

ただ、死海写本はいったいどのような集団によって残されたのかによって、意味付けが変わってくる。『エノク書』が偽書ではないという根拠にはなっていないのが現状である。

エチオピアのキリスト教(エチオピア正教)は、エチオピアで独自に発達した土着性の強い宗教だ、と言われ、世界からは「異端」のように見られている。
なぜなら、『エノク書』を偽典としているカトリックやプロテスタントが、キリスト教世界の中心にいるからである。

エチオピア正教は、近代的な教育を受けていない「発展途上国」の人間が、勝手に考え出した間違った宗教であるかのように見せられている。

確かに土着の部分はある。女性器の切断儀礼などはその例だろう。

しかし、エチオピア正教から土着の部分を切り離したときに浮かび上がるのは、イエス・キリストが生きた時代の信仰の姿に近い、「原始キリスト教」の姿なのである。

生後八日目の男子の割礼や、ユダヤ教に近い食物規定があることも、エチオピア正教の特徴である。それらは、まさにイエス・キリストが生きていた時代の信仰の姿なのである。

『エノク書』は今後もキリスト教のメインストリームからは偽典として扱われ続けるのだろう。歴史の重みを考えれば、そういう判断もあり得るのかもしれない。

だが、そのためにエチオピアが貶められるのは違うと思っている。

イエス・キリストの教えを忠実に守っているのは、カトリックやプロテスタントか、それともエチオピア正教か。
どちらが「正統」で、どちらが「異端」か。

考える自由は、全ての人に認められているはずである。


次は『エノク書』に書かれている巨人の話をしようと思う。






―笑われていこうぜ、75憶分の1の人生―





<エチオピアのミステリー>
1. 序章
2. 人類発祥の地は本当か
3. 1974年以後のエチオピア
4. 『エノク書』はなぜ隠されるのか





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2017年12月14日木曜日

エチオピアのミステリー3 1974年以後のエチオピア

<エチオピアのミステリー>
1. 序章
2. 人類発祥の地は本当か
3. 1974年以後のエチオピア
4. 『エノク書』はなぜ隠されるのか








3. 1974年以後のエチオピア

前回は、エチオピアが「人類発祥の地」と言われていることについて書きました。

信仰心の篤いエチオピアの人々(特にエチオピア正教の信者)が、
猿から人間に進化したというダーウィンの進化論よりも
「神が自分に似せて人間を創った」という聖書の記述を重視している
という話をしました。

猿人の化石人骨の発見を根拠にして、エチオピアを「人類発祥の地」と主張しはじめたのは、エチオピア人ではないのです。

考えてみれば、不完全なダーウィンの進化論を受け入れるかどうか以前に、
化石人骨の発見を根拠に「人類発祥の地」を主張することに大きな違和感があります。

もしも320万年前のラクダの化石が見つかったら、その場所はラクダ発祥の地になるのでしょうか。

偶然、その地域の環境が、古い時代の骨を化石として保存することに恵まれていただけのことです。

誤解と言うよりも、あまりにもお粗末な間違いではないでしょうか。

ルーシーの発掘に関わっていた人たちも、実際にエチオピアを「人類発祥の地」と呼ばせようと画策した人たちも、しっかりと教育を受けた人たちであり、普通に考えれば、そんな間違いはしないはずです。

歴史や文化に対するリスペクトを欠き、人を馬鹿にしているような人たちが、猿人の骨を理由にして「人類発祥の地」のレッテルをエチオピアに張り付けたと私は考えています。

どうせ庶民などは、「人類発祥の地」と言っておけば、疑いもしないだろうと考えている様子が透けて見えてくるのです。


観光資源になるのだから、いいではないか!

そんなことはありません。その発想自体が、資本主義のモノサシしか持てなくなってしまった人間の内面を映していると思います。

文化も歴史も人間も、経済的価値で推し量られるべきものではないのです。

権力側と庶民側の間に考え方のギャップはありますが、私の知る限り、エチオピアの人の多くは、観光資源になれば何でもいいというような発想をしません。

それはエチオピアで多数派を占めるエチオピア正教とイスラム教が共有する「清貧」という価値観とも結びつくところです。

経済至上主義的な価値観を優先させることは、彼らの信仰においては、「堕落」であるからです。

しかしながら、信仰の在り方は、いつの時代も変わらないものではありません。
常に動いているのです。

昨今では、エチオピアの高い経済成長率が注目されています。
開発が進む中においても、信仰心の篤さを残してはいますが、変わっていく社会との間でバランスを保ちながら、信仰事情は変化しているのです。

エチオピアの宗教に関して、大きな変化の年は1974年です。

3000年続いたエチオピア皇室が幕を閉じた年です。
エチオピアの歴史の中で、最も大きな転換点です。

我が国は敗戦後、日本国憲法で政教分離が原則とされ、国家神道が国教ではなくなりました。それと同じように、エチオピアでは、1974年のエチオピア革命によって、エチオピア正教が国教ではなくなり、信仰の在り方が大きく変わったのです。

エチオピア正教が国教とされていた1974年までのエチオピア帝国では、
今よりも厳密に、『エノク書』を含む聖書に基づいた信仰の姿があったと思われます。

そして、ルーシーが発見された年も偶然にして1974年です。

もしも、エチオピア正教が国教とされた状態が続いていれば、猿人の化石人骨を、現在の人類と結びつけるようなことは許されなかったはずなのです。

前回説明したとおり、旧約聖書『創世記』には

「神が自分の姿に似せて人間を創った」という記述があります。

(前回:人類発祥の地は本当か) 


1974年以前では、聖書の記述を重視する人の割合が今よりも高く、猿から人間に進化したというダーウィンの仮説を、全く相手にしなかったに違いないのです。


エチオピア革命とルーシーの発見が、1974であることは偶然ですが、
2つの大きな事件は、「人類発祥の地」という肩書きと密接に関係しているのです。

先に述べたとおり、「人類発祥の地」と言い始めたのはエチオピア人ではなく、しかも、ありえない間違いを含んでいます。

そして、「人類発祥の地」と言わせること自体が、エチオピア正教を貶めるものでもあります。
考えすぎなのかもしれませんが、エチオピア正教を貶めようとした理由があったとすれば、それは『エノク書』の存在であった可能性が高いです。

エチオピア正教が聖典に含んでいる『エノク書』は、世界から隠されているのです。
その理由は今後、説明していきたいと思います。

そこに世界のもう一つの歴史が埋もれているのです。




―笑われていこうぜ、75憶分の1の人生―







<エチオピアのミステリー>
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3. 1974年以後のエチオピア
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2017年12月8日金曜日

エチオピアのミステリー2 「人類発祥の地」は本当か

<エチオピアのミステリー>
1. 序章
2. 人類発祥の地は本当か
3. 1974年以後のエチオピア
4. 『エノク書』はなぜ隠されるのか







2. 人類発祥の地は本当か

前回は序章ということで、簡単に『ケブラナガスト』と『エノク書』についてふれました。

Youtubeにも載せました。よかったらチャンネル登録してください。



エチオピアについて言われていることの中には多くの矛盾と誤解があります。
不名誉なレッテルもはられていたりします。

そんな不名誉なレッテルをひっぺがして、真実にせまっていこうと思います。

エチオピアの歴史に埋もれた真実を解き明かすことで、本当に世界がひっくり返るかもしれないと思っています。

今回のテーマは「人類発祥の地」

エチオピアは人類発祥の地と言われているのです。

何度も言いますが、エチオピアについて言われていることは、矛盾と誤解が多いです。

「人類発祥の地」という言い回しもその一つだと思っています。

エチオピアは本当に人類発祥の地なのか・・・。
当たり前のことですが、断言はできません。
誰も人類が発祥した瞬間を見ていないし、
確かめることができないからです。

人類の祖先をさかのぼるとチンパンジーと共通祖先から枝分かれし、
700万年の歴史があると言われている。



まだ分からないことも多く、暫定的な仮説なのですが、
猿人→原人→旧人→新人(現在の人類・ホモサピエンス)へと進化したと
言われています。

そして、人類の進化の主な舞台はアフリカだったと言われています。
長い間アフリカにとどまり、原人や旧人のころにはアフリカから世界へと
拡がりますが、15万年から20万年前ごろにアフリカで誕生した新人(現在の人類)が
世界中に拡がっていき、原人や旧人は姿を消した。

それが最も妥当な説であるとされ、教科書にもそのように書いてあります。

エチオピアが「人類発祥の地」と言われている理由の一つは、猿人の化石が多数発見されているからです。
化石人骨がたくさん見つかったという理由で
エチオピアのアワッシュ川下流域はユネスコの世界遺産になっています。

余談ですが、エチオピアはアフリカで最も世界遺産の数が多いのです。
イスラエルと同じ数の世界遺産があります。
(ユネスコ様に認定していただくことと実際の価値は別なのですが・・・。)


そして、エチオピアで人類が発祥したという説を支えているとされるのが
まとまった化石人骨の発見と、その象徴でもある「ルーシー」



ルーシーは320万年ほど前の「猿人」の化石です。
エチオピアでは大きな歴史の変わり目にあたる1974年
エチオピア皇室が終焉する年に発見されたルーシーは
今でもエチオピア国立博物館に展示されています。


ここまでは、我々の知っている「常識」の話です。

エチオピアで人類が発祥したという根拠は乏しいのです。

化石人骨がまとまって見つかっているのは、偶然その地域の環境が
化石を化石として残しているだけなのです。
他の国で人類が発祥していても、骨が土に返って残っていないだけかもしれないのです。

実際には猿人の化石人骨はケニアやタンザニアや南アフリカの地域でも発見されています。

化石が発見されることによって、その場所で人類が発祥したことにはならないのです。

そんなことを言うと、エチオピアの人を傷つけるでしょうか。
エチオピアの誇りを奪ってしまうでしょうか。

答えは「NO」です。
むしろその逆です。

ルーシーの骨を拝みに来るのは外国人ばかりです。
化石人骨が発見されたことを根拠にして
エチオピアを「人類発祥の地」と言い始めたのは西洋人なのです。

エチオピアの人は、ルーシーが自分たちの先祖だとは
これっぽっちも思っていません。
(全員ではないですが)

二足歩行をする猿に人間のような名前(しかも西洋人の名前)を付けて呼ぶことに抵抗を感じる人もいます。

それはなぜか。

真面目なエチオピア正教(エチオピアのキリスト教)の信徒であれば、
今の人類が猿から進化したと思っていないからです。

それは、旧約聖書『創世記』に
「神が自分の姿に似せて人間を創った」と書かれているからです。
人間は尊く、動物とは全く違うと理解しているからです。

猿から人間に進化したというダーウィンの進化論を
我々は受け入れています。

聖書と進化論はどちらが正しいのでしょうか。
その答えは出せませんが、ダーウィンの進化論が完全ではないことは
明らかです。

ダーウィンは、生物進化のプロセスに関して重要は議論をしていますが、
例えば、木があって、枝葉の色や形が変わることがあっても、
木は木のままなのです。

それでも数百万年もの歳月が猿を人間に進化させることがあるのでしょうか。


実際には今の人類に直接結びつく、進化の途中段階の化石は
発見されていないのです。ミッシングリンクと呼ばれています。


それでもエチオピア人の中にはエチオピアを「人類発祥の地」と認めている人もいます。
(全員ではありません)

その場合、理由が違うのです。

化石人骨の発見を根拠にして「猿人」が発祥した

という理解ではなく、

現在の人類(ホモサピエンス)がエチオピアで発祥したという理解なのです。

⇩ここではなく


⇩ここなのです



⇩ここではなく

⇩ここなのです。



ミッシングリンクの部分で、神がこの世界に働きかけたという歴史が
重要なのです。


正しいかどうかはさておき、化石を根拠にした「猿人」のエチオピア発祥説ではなく、
聖書を根拠にした新人(現在の人類・ホモサピエンス)のエチオピア発祥説は、
エチオピア人の中では一定の支持を集めています。

しかし、カトリックやプロテスタントの聖書からはそのような推測は成立しません。
エチオピア正教の聖書は違うのです。
聖典の中に『エノク書』が含まれているのです。

『エノク書』を書いたエノクは、『創世記』を書いたモーゼよりも昔の人です。
そしてエチオピアの言語で書かれた『エノク書』が現在まで聖典として
残っていることなどを根拠として、エノクはエチオピア人であったと考えているエチオピアの人がいます。
それが、現在の人類(ホモ・サピエンス)は、エチオピアで発祥したという説に繋がるのです。
(誤解のないように書いておきますが、エチオピア正教では『エノク書』を聖典として大切にしていますが、『エノク書』を根拠にして人類の「エチオピア発祥説」を唱えている人はその中の一部です。エノクがエチオピア人だったと考える人もいれば、イスラエル人だったと考えている人もいます。)

極端な言い方かもしれませんが、エチオピアを除いた世界は『エノク書』を認めていません。
そして、エチオピア人が認めていない不完全なダーウィンの進化論と、化石の発見を根拠にして、エチオピアに「人類発祥の地」という看板を押し付けているのです。

猿から進化したとは思っていないのに、
こんなふうにルーシーを復元してみせ、「お前たちの先祖だ」と言われたら、どんな気持ちでしょうか。この写真は東京の国立科学博物館で展示されたルーシーのようです。発見されたルーシーの化石には顔が復元できるほどの頭部の骨はありません。





ダーウィンの進化論は、我々の生きている今の世界を考える上でとても重要だと思っています。
聖書を信じてるなんて、文明が発達していない証拠だ・・・と考えてしまいがちなのも、
近代化が進んでいない国の人間は劣っているに決まっている・・・と考えがちなのも、
人間は進化をするという空想を抱いているからだと、私は思っています。

神や聖書を笑う側の人たちの、度肝を抜くような発見をしたのです。




最後に余談ですが、イスラム教はエノクを重要な預言者の1人として認めています。

今後もエチオピアのミステリーを解き明かしつつ、エチオピアに張られた不名誉なレッテルをひっぺがしていきます。




―笑われていこうぜ、75憶分の1の人生―







<エチオピアのミステリー>
1. 序章
2. 人類発祥の地は本当か
3. 1974年以後のエチオピア
4. 『エノク書』はなぜ隠されるのか



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