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2017年12月14日木曜日

エチオピアのミステリー3 1974年以後のエチオピア



1. 序章
2.   人類発祥の地は本当か 
3. 1974年以後のエチオピア



前回は、エチオピアが「人類発祥の地」と言われていることについて書きました。

信仰心の篤いエチオピアの人々(特にエチオピア正教の信者)が、
猿から人間に進化したというダーウィンの進化論よりも
「神が自分に似せて人間を創った」という聖書の記述を重視している
という話をしました。

猿人の化石人骨の発見を根拠にして、エチオピアを「人類発祥の地」と主張しはじめたのは、エチオピア人ではないのです。

考えてみれば、不完全なダーウィンの進化論を受け入れるかどうか以前に、
化石人骨の発見を根拠に「人類発祥の地」を主張することに大きな違和感があります。

もしも320万年前のラクダの化石が見つかったら、その場所はラクダ発祥の地になるのでしょうか。

偶然、その地域の環境が、古い時代の骨を化石として保存することに恵まれていただけのことです。

誤解と言うよりも、あまりにもお粗末な間違いではないでしょうか。

ルーシーの発掘に関わっていた人たちも、実際にエチオピアを「人類発祥の地」と呼ばせようと画策した人たちも、しっかりと教育を受けた人たちであり、普通に考えれば、そんな間違いはしないはずです。

歴史や文化に対するリスペクトを欠き、人を馬鹿にしているような人たちが、猿人の骨を理由にして「人類発祥の地」のレッテルをエチオピアに張り付けたと私は考えています。

どうせ庶民などは、「人類発祥の地」と言っておけば、疑いもしないだろうと考えている様子が透けて見えてくるのです。


観光資源になるのだから、いいではないか!

そんなことはありません。その発想自体が、資本主義のモノサシしか持てなくなってしまった人間の内面を映していると思います。

文化も歴史も人間も、経済的価値で推し量られるべきものではないのです。

権力側と庶民側の間に考え方のギャップはありますが、私の知る限り、エチオピアの人の多くは、観光資源になれば何でもいいというような発想をしません。

それはエチオピアで多数派を占めるエチオピア正教とイスラム教が共有する「清貧」という価値観とも結びつくところです。

経済至上主義的な価値観を優先させることは、彼らの信仰においては、「堕落」であるからです。

しかしながら、信仰の在り方は、いつの時代も変わらないものではありません。
常に動いているのです。

昨今では、エチオピアの高い経済成長率が注目されています。
開発が進む中においても、信仰心の篤さを残してはいますが、変わっていく社会との間でバランスを保ちながら、信仰事情は変化しているのです。

エチオピアの宗教に関して、大きな変化の年は1974年です。

3000年続いたエチオピア皇室が幕を閉じた年です。
エチオピアの歴史の中で、最も大きな転換点です。

我が国は敗戦後、日本国憲法で政教分離が原則とされ、国家神道が国教ではなくなりました。それと同じように、エチオピアでは、1974年のエチオピア革命によって、エチオピア正教が国教ではなくなり、信仰の在り方が大きく変わったのです。

エチオピア正教が国教とされていた1974年までのエチオピア帝国では、
今よりも厳密に、『エノク書』を含む聖書に基づいた信仰の姿があったと思われます。

そして、ルーシーが発見された年も偶然にして1974年です。

もしも、エチオピア正教が国教とされた状態が続いていれば、猿人の化石人骨を、現在の人類と結びつけるようなことは許されなかったはずなのです。

前回説明したとおり、旧約聖書『創世記』には

「神が自分の姿に似せて人間を創った」という記述があります。

(前回:人類発祥の地は本当か) 


1974年以前では、聖書の記述を重視する人の割合が今よりも高く、猿から人間に進化したというダーウィンの仮説を、全く相手にしなかったに違いないのです。


エチオピア革命とルーシーの発見が、1974であることは偶然ですが、
2つの大きな事件は、「人類発祥の地」という肩書きと密接に関係しているのです。

先に述べたとおり、「人類発祥の地」と言い始めたのはエチオピア人ではなく、しかも、ありえない間違いを含んでいます。

そして、「人類発祥の地」と言わせること自体が、エチオピア正教を貶めるものでもあります。
考えすぎなのかもしれませんが、エチオピア正教を貶めようとした理由があったとすれば、それは『エノク書』の存在であった可能性が高いです。

エチオピア正教が聖典に含んでいる『エノク書』は、世界から隠されているのです。
その理由は今後、説明していきたいと思います。

そこに世界のもう一つの歴史が埋もれているのです。




―笑われていこうぜ、75憶分の1の人生―






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2017年12月8日金曜日

エチオピアのミステリー2 「人類発祥の地」は本当か





前回は序章ということで、簡単に『ケブラナガスト』と『エノク書』についてふれました。

Youtubeにも載せました。よかったらチャンネル登録してください。



エチオピアについて言われていることの中には多くの矛盾と誤解があります。
不名誉なレッテルもはられていたりします。

そんな不名誉なレッテルをひっぺがして、真実にせまっていこうと思います。

エチオピアの歴史に埋もれた真実を解き明かすことで、本当に世界がひっくり返るかもしれないと思っています。

今回のテーマは「人類発祥の地」

エチオピアは人類発祥の地と言われているのです。

何度も言いますが、エチオピアについて言われていることは、矛盾と誤解が多いです。

「人類発祥の地」という言い回しもその一つだと思っています。

エチオピアは本当に人類発祥の地なのか・・・。
当たり前のことですが、断言はできません。
誰も人類が発祥した瞬間を見ていないし、
確かめることができないからです。

人類の祖先をさかのぼるとチンパンジーと共通祖先から枝分かれし、
700万年の歴史があると言われている。



まだ分からないことも多く、暫定的な仮説なのですが、
猿人→原人→旧人→新人(現在の人類・ホモサピエンス)へと進化したと
言われています。

そして、人類の進化の主な舞台はアフリカだったと言われています。
長い間アフリカにとどまり、原人や旧人のころにはアフリカから世界へと
拡がりますが、15万年から20万年前ごろにアフリカで誕生した新人(現在の人類)が
世界中に拡がっていき、原人や旧人は姿を消した。

それが最も妥当な説であるとされ、教科書にもそのように書いてあります。

エチオピアが「人類発祥の地」と言われている理由の一つは、猿人の化石が多数発見されているからです。
化石人骨がたくさん見つかったという理由で
エチオピアのアワッシュ川下流域はユネスコの世界遺産になっています。

余談ですが、エチオピアはアフリカで最も世界遺産の数が多いのです。
イスラエルと同じ数の世界遺産があります。
(ユネスコ様に認定していただくことと実際の価値は別なのですが・・・。)


そして、エチオピアで人類が発祥したという説を支えているとされるのが
まとまった化石人骨の発見と、その象徴でもある「ルーシー」



ルーシーは320万年ほど前の「猿人」の化石です。
エチオピアでは大きな歴史の変わり目にあたる1974年
エチオピア皇室が終焉する年に発見されたルーシーは
今でもエチオピア国立博物館に展示されています。


ここまでは、我々の知っている「常識」の話です。

エチオピアで人類が発祥したという根拠は乏しいのです。

化石人骨がまとまって見つかっているのは、偶然その地域の環境が
化石を化石として残しているだけなのです。
他の国で人類が発祥していても、骨が土に返って残っていないだけかもしれないのです。

実際には猿人の化石人骨はケニアやタンザニアや南アフリカの地域でも発見されています。

化石が発見されることによって、その場所で人類が発祥したことにはならないのです。

そんなことを言うと、エチオピアの人を傷つけるでしょうか。
エチオピアの誇りを奪ってしまうでしょうか。

答えは「NO」です。
むしろその逆です。

ルーシーの骨を拝みに来るのは外国人ばかりです。
化石人骨が発見されたことを根拠にして
エチオピアを「人類発祥の地」と言い始めたのは西洋人なのです。

エチオピアの人は、ルーシーが自分たちの先祖だとは
これっぽっちも思っていません。
(全員ではないですが)

二足歩行をする猿に人間のような名前(しかも西洋人の名前)を付けて呼ぶことに抵抗を感じる人もいます。

それはなぜか。

真面目なエチオピア正教(エチオピアのキリスト教)の信徒であれば、
今の人類が猿から進化したと思っていないからです。

それは、旧約聖書『創世記』に
「神が自分の姿に似せて人間を創った」と書かれているからです。
人間は尊く、動物とは全く違うと理解しているからです。

猿から人間に進化したというダーウィンの進化論を
我々は受け入れています。

聖書と進化論はどちらが正しいのでしょうか。
その答えは出せませんが、ダーウィンの進化論が完全ではないことは
明らかです。

ダーウィンは、生物進化のプロセスに関して重要は議論をしていますが、
例えば、木があって、枝葉の色や形が変わることがあっても、
木は木のままなのです。

それでも数百万年もの歳月が猿を人間に進化させることがあるのでしょうか。


実際には今の人類に直接結びつく、進化の途中段階の化石は
発見されていないのです。ミッシングリンクと呼ばれています。


それでもエチオピア人の中にはエチオピアを「人類発祥の地」と認めている人もいます。
(全員ではありません)

その場合、理由が違うのです。

化石人骨の発見を根拠にして「猿人」が発祥した

という理解ではなく、

現在の人類(ホモサピエンス)がエチオピアで発祥したという理解なのです。

⇩ここではなく


⇩ここなのです



⇩ここではなく

⇩ここなのです。



ミッシングリンクの部分で、神がこの世界に働きかけたという歴史が
重要なのです。


正しいかどうかはさておき、化石を根拠にした「猿人」のエチオピア発祥説ではなく、
聖書を根拠にした新人(現在の人類・ホモサピエンス)のエチオピア発祥説は、
エチオピア人の中では一定の支持を集めています。

しかし、カトリックやプロテスタントの聖書からはそのような推測は成立しません。
エチオピア正教の聖書は違うのです。
聖典の中に『エノク書』が含まれているのです。

『エノク書』を書いたエノクは、『創世記』を書いたモーゼよりも昔の人です。
そしてエチオピアの言語で書かれた『エノク書』が現在まで聖典として
残っていることなどを根拠として、エノクはエチオピア人であったと考えているエチオピアの人がいます。
それが、現在の人類(ホモ・サピエンス)は、エチオピアで発祥したという説に繋がるのです。
(誤解のないように書いておきますが、エチオピア正教では『エノク書』を聖典として大切にしていますが、『エノク書』を根拠にして人類の「エチオピア発祥説」を唱えている人はその中の一部です。エノクがエチオピア人だったと考える人もいれば、イスラエル人だったと考えている人もいます。)

極端な言い方かもしれませんが、エチオピアを除いた世界は『エノク書』を認めていません。
そして、エチオピア人が認めていない不完全なダーウィンの進化論と、化石の発見を根拠にして、エチオピアに「人類発祥の地」という看板を押し付けているのです。

猿から進化したとは思っていないのに、
こんなふうにルーシーを復元してみせ、「お前たちの先祖だ」と言われたら、どんな気持ちでしょうか。この写真は東京の国立科学博物館で展示されたルーシーのようです。発見されたルーシーの化石には顔が復元できるほどの頭部の骨はありません。





ダーウィンの進化論は、我々の生きている今の世界を考える上でとても重要だと思っています。
聖書を信じてるなんて、文明が発達していない証拠だ・・・と考えてしまいがちなのも、
近代化が進んでいない国の人間は劣っているに決まっている・・・と考えがちなのも、
人間は進化をするという空想を抱いているからだと、私は思っています。

神や聖書を笑う側の人たちの、度肝を抜くような発見をしたのです。




最後に余談ですが、イスラム教はエノクを重要な預言者の1人として認めています。

今後もエチオピアのミステリーを解き明かしつつ、エチオピアに張られた不名誉なレッテルをひっぺがしていきます。




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2017年12月6日水曜日

エチオピアのミステリー1 序章

この2年ほど、エチオピアについて研究しています。
テーマはエチオピアの開発についてです。英語教科書を分析し、開発計画がどのような言説として展開されているのか、そして、農村という小さな世界が、国際社会とどのように結びついているのかを調べています。

エチオピアの研究をしていて、いろんな謎にぶち当たりました。

「エチオピアはアフリカで唯一植民地になっていない」と、言葉だけ聞くと、へぇ~、すごいな~と流してしまいがちですが、その理由は何なのか。
エチオピアについて言われていることのほとんどは表面的なところで、多くの誤解もあります。

例えば、1930年代にエチオピア皇室と日本人女性の結婚話がありました。
これをシンデレラストーリーだと思っている人が結構います。

三千年続いた皇室・・・想像力を膨らませれば、どれだけ凄いかが分かるはず。
もちろん2600年の歴史を持つ日本の皇室も凄い。

そして誤解の多いエチオピア人について。
私も初めてエチオピアに行ったときは、「支援依存体質」だとか、「競争心がない」とか、勝手なイメージを持ち、誤解していました。

「彼ら」をもっと知るために、エチオピアの歴史や宗教について調べました。

浮かび上がってきたのは、
エチオピアには、世界をひっくり返すほどの「何か」が眠っている!!ということ。

その謎を解く手がかりは、
『ケブラナガスト』と『エノク書』でした。
この2つは、エチオピア人のメンタリティに近づくためには絶対に知っておいた方がいいです。
(エチオピアには80以上の民族が住んでいて、極めて多様なので、エチオピア人と一括りにはできないのですが)ナショナルアイデンティティと強く結びついています。
これから少しずつ解説してみようと思います。

ケブラナガスト


エノク書



そして知りました。
エチオピアは本当に特別な国であると・・・。

『ケブラナガスト』も『エノク書』も、意図的に封じ込められているのではないかと思ってしまうような内容です。
もし私が消されたら、「あいつは知りすぎた」と思ってください。
そして真実に近づいたのだと察してください。
半分本気です。


ラリベラの岩窟教会群や、アクスムの考古遺跡群にも行きました。






そして、信じられないような発見をしました!!
世界がひっくり返るかもしれないような発見をしたのです。
大げさではないです。本当なんです。だけど、どれだけ叫んでも信じてもらえない世界が悲しい。自分でも受け止めきれないほどの発見でした。

さらに驚いたことに、この発見をしたのは、自分が初めてではありませんでした。
私よりも先にこの発見をした人がいました。

尾田栄一郎。

ONEPIECEの作者です。

私の発見は、ワンピースの答えと完全に一致していました。
海賊王ゴール・D・ロジャーは、ログポーズ(次の島を指す方位磁石のようなもの)の示す最後の島で、ラフテル(見えない本当の最後の島)の存在と古代文字の謎に気付いて、冒険をやり直した。そしてラフテルへ上陸し、歴史のすべてを知った・・・。

ログポーズの示す最後の島を現実世界に当てはめるとすれば、間違いなくエチオピアです。
信じられないことですが、エチオピアの歴史や宗教を調べていると、本当に、見えない最後の島、最果ての島「ラフテル」が浮かび上がりました。
私は実際にラフテルへ行きました。ちなみにバスで行きました。バス停からは少し歩きました。今では昔の繁栄の影はほとんど残っていませんが・・・。空白の歴史に隠された巨大な王国についてもこれから書いていこうと思います。

エチオピアには、ポーネグリフ(碑文の刻まれた石)があり、エチオピアの歴史は、焼失したオハラ(古代アレクサンドリア図書館)に納められていた書物と繋がっていると言われているのです。



大発見を裏付ける証拠を集め、本を書きました。
証拠を集めている間にもいろいろな発見がありました。
ONEPIECEに出てくるサンジ(金髪でぐるぐる眉毛の料理人)が探しているオールブルーも、道化のバギー(ピエロのようなキャラ)が探しているキャプテン・ジョンの宝も、エチオピアの歴史の中に答えがありました。






今日は序章です。
これから、驚くべきエチオピアのミステリーの数々を、ONEPIECEを知らない人にも分かるように紹介していこうと思います。



―笑われていこうぜ、75億分の1の人生―