2013年12月22日日曜日

ドキュメンタリー中止。その原因、そして活動家とボランティア愛好家の境界線

キベラスラムにあるPower Women Group(NPO)へ行ってきました。





キベラスラム


行ってきましたというより、ドキュメンタリーを作るために行ったわけですが、パートナーとの相性が悪く、ドキュメンタリーを作るのは辞めました。


相性が悪かっただけではなく、誰でもそうするだろうとは思っています。


その男はドキュメンタリー製作について一生懸命話していたので、手伝いたいと思い、彼の家に移り住んでいましたが、とんだ嘘つき野郎でした。


友達だと言っていたアーティストのOctopizzoは知り合いでも何でもなく、ドキュメンタリーに出演してもらうことも、護衛を紹介してもらうこともできませんでした。

Power Womenの人に後から聞いたところによると、OctopizzoPower Womenをサポートしているのは本当で、金銭的な支援はしていないけど、たまにお客を紹介しているようです。
電話番号も知っているけど、その男には教えたくないと断ったようです。


その男は最初、団体の人間を名乗っていましたが、実はただの無職で、親のスネをかじりながら生きていました。



そもそも僕は団体の人間としか働く気はありません。

現地で貧困と戦っている団体を何かしらの方法でお手伝いすることができれば、自分も貧困削減に少しでも貢献できると信じているし、この軸だけは変えてはならないものだと思っています。

どういう形でお手伝いができるかは分からないけど、それが掃除だったり、荷物運びであったりしてもいいと思っています。

団体からの依頼ならまだしも、カッコつけのドキュメンタリーで救われる人はいません。




無職が深夜に酔っぱらって帰ってくるなんてのは最悪です。

彼の家の周りは決して安全ではなく、外国人の自分が1人で出歩いていい場所ではないので、夕方には帰ると言って出掛けたまま、深夜まで帰ってこないと、何も食べられないのです。

これまであまりにも人運が良かったので、食事に困ったことはありませんでしたが、空腹で苦しみました。

限られた時間でやっている分、泊まり込んで一緒にできることはたくさんあったはずですが、深夜に帰ってきて、翌日の段取りもできないどころか、叩き起こされたあげく、何もやってない言い訳をずっと聞かされるのもうんざり。



カメラは無くしても買えばいいと思っていますが、パソコンとIpadとこれまでの活動の記録が全部詰まったハードディスクだけは絶対に外に持って出たくありません。

しかし、その男は安全だから大丈夫と、外に持って出たがるのです。



食事どころか、睡眠も妨げられ、安全意識も欠けているとなると、あまり自分にとって都合のいいことはありません。


それでも1人でキベラスラムのPower Women Groupを訪ねることはできず、現場へ行くためにドキュメンタリー製作と絡んでいこうと決めていました。

キベラスラムのこともいろいろと学ぶことができると思っていたのです。



しかし、彼はドキュメンタリーを作る基本的な手順どころか、キベラスラムのこともほとんど知りませんでした。

現場へ行って、彼の素人ぶりが明らかになりました。


それまで団体の人間だと偽っていましたが、Power Women Groupの女性陣は彼を見て、明らかな嫌悪感を示していました。

適当に挨拶を済ませ、いきなりインタビューを始めました。最悪です。

帰って確認しましたが、皆さん嫌悪感丸出しです。


偶然ツアーガイドの男に出会い、キベラの中を案内してもらいましたが、その男は何も気にすることなくパシャパシャと撮影。

スラムを背景に自分を撮ってくれとねだる。

動画も撮りまくっていましたが、はっきり言ってブレブレで使いものになりません。


カメラを出さない僕に、ガイドがいるから平気だ、誰も盗らないから怖がらなくても大丈夫だ、と言ってバカにしてきます。



Power Women の女性の日常の様子を撮影するために、現地へ泊まる計画でしたが、勝手に僕1人で泊まるように設定し、自分は帰ってしまいました。


本当に現実を知って、伝えたいのなら、絶対に帰らないですよね。

こいつはビデオの編集がやりたいだけで、何のストーリーもないくせに活動家を気取りたいだけなんだなって、分かりました。





問題が起きたのは翌日です。

迎えに来る予定だった彼は一向に現れず、何度電話しても出ない。

結局連絡を取ることもできず、彼の家に置いていたパソコンとIpadが心配になりました。




そして2日間もPower Womenの女性の家へ泊めてもらうことになりました。


女性の家はとても裕福ではなく、4人の子供の他に孤児を2人育てています。
裕福ではないというか、貧乏です。風呂もトイレもありません。錆びたトタンの家です。

申し訳なくて仕方ありませんでしたが、彼女はとても優しく、僕に食事を振る舞い、毛布を貸してくれました。
そして、これまでのPower Womenの活動などを話してくれました。




何度電話しても出ないので、「連絡してこないと明日、警察を連れてお前のおばさんと母親が滞在しているホテルに行く」とテキストメッセージを送ったところ、深夜11時ごろ、ようやく電話してきました。


マラリアのピルも飲んでないし、もはや4、5日体も洗っておらず、髭もボーボー。ストレスごときでヒーヒー言いませんが、さすがに怒る気力はなく、完全に失望しておりました。


そして今日、Power Womenの女性が心配してナイロビの街まで連れていってくれ、その男に会いました。

彼の家に荷物を取りに行き、もう一緒に活動しないことを告げ、以前住んでいた場所へ戻ってきたわけであります。


何度も昨日のことを言い訳しておりましたが、何て言っていたのかも知りません。

許してほしいと、しつこいので、

「俺はお前を許すから、頼むから何もしゃべらずに自分のしたことを考えて反省してくれ」と。

深刻な顔はしていたが、このタイプは次の日には覚えていない。

もはやこの男に全く興味のない僕は、何かを言ってやる気も湧いてこない。


それでもなおしつこく(相当しつこかった)、僕が一緒に活動しない理由を昨日の一件だけのことだと勘違いしているその男に、教えてやった。


俺は別にお前が約束を破った上に、電話にも出ず、外国人の俺を2日間もキベラスラムに置き去りにして、Power Womenの皆さんにも迷惑をかけたことに腹を立てて、ドキュメンタリー製作を辞めるわけじゃない。


むしろお前が現れないことを理由に、怒ったふりをして辞めてやろうかと思ってたけど、俺は一時的な感情の高ぶりで物事を決めない。

俺とお前は活動家としてのレベルが違う。



なぜ、安全だと分かっていても俺がカメラを見せびらかさないか分かるか?と聞いてみたところ、

盗られるのを心配しているからだと言う。

違う。時間をやるから考えてみろ。



‐結局、その男には分からなかった。



自分たちが貧しいからという理由で、知らない人に撮影されることを嫌がる人や傷つく人がいるからでしょう。決して買うことのできないカメラを持っている人間を見て、貧しさを恨んだり、嫌む気持ちが湧いてくる人がいるからでしょう。
少なくとも俺はスラムを背景に自分の写真を撮りたいなんて思わない。


そしてお前が撮影したPower Womenの女性と俺が撮影したものを比べてみて欲しい。

活動家を名乗りたいなら、その表情の違いから何かに気付いてくれ。






別に未熟であることを責める気はない。
ただ、一緒に何かを作る時に、お互いの価値観や人としての質が作品に影響する。
俺はお前と一緒に良い作品が作れるとは思えない。



これが、ドキュメンタリー製作を辞める理由だ。





毎月掲載してもらっているトロントの雑誌「TORJA」でのコラムのタイトルは「活動家という生き方」になっていますが、自分は活動家と名乗るにはまだまだだろうと思っています。

住所不定無職が、活動家なんて名乗るのも気持ち悪いです。

せいぜい今の自分の実力ではボランティア愛好家止まりだと、思っています。

しかしながら、半年以上活動を続けていると、見えてきたものがいくつかあります。



貧しさを見せびらかすような活動はしたくないという気持ちはずっと持っており、どれだけの価値を現地に残すことができるかを追及しています。

自信を持って、活動家だと名乗れるようになりたいとも思っています。

ボランティア愛好家と活動家の間にある壁を突破しようとしているところであります。



心の声に真剣に耳を傾けること
自分の正義を以て戦うこと
活動を結果で示すこと




武器は体1つと人生の全て。




やってやる。

この壁を超える。





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